教員の語る「教養教育」とは

教養教育で培う総合力

総長特命教授 前 忠彦

 大学の社会における役割は多岐にわたるが、その中心となるのは、「知の継承、知の創造、知の社会への還元、そして将来を担う人材の育成・輩出」である。

 

 高校までの「学び」の中で主に身につくのは、文部科学省の指導要領に沿った「基礎知力」とも言うべきものである。本学の学生は、高い基礎知力を持って入学してきている。将来は、それぞれが目指す分野で中心的な役割を果すことを思い描いていると思うし、また社会もそれを期待している。

 大学は、学生にとって、人としての成長を図る場であると共に実社会へ踏み出すための土台作りの場でもある。実社会で強く求められるのは、答えの用意されてない問題を解くための「高度な知力+α=総合力」である。高い専門性とそれを生かすための様々な能力に加えて、人間性や社会性が求められる。

 これらの素養を身につけることを目指すのが大学教育であり、その基盤となるべき段階を担うのが教養(全学)教育である。

 

 東北大学では、世界のトップレベルを見据えた「高いレベルの教養教育」を目指している。総合大学である本学においては、高校までの学びには見られない人文科学、社会科学、自然科学や外国語、健康等に関わる多様な授業が数多く用意されている。学生は、自身の将来像を描きながら主体的に取得する授業を選択し、将来に向けての「知の基盤作り」を行うことになる。

 「知の基盤作り」において重要なのは、専門基礎分野と共に、専門以外の分野をもしっかり重視して、文系・理系にとらわれずに幅広く学び、好奇心を育てることである。高い専門性を身につけることは、第一線で活躍するために真っ先に必要なことであるがそれだけでは十分でなく、専門以外の広範な知識や様々な能力が必要とされる。そこには、個々人の人間性や社会性も大きく関わってくる。  

 

 大学での授業は、それぞれの学問分野の最先端を知る教員達によって行われ、授業の内容と進め方は、それぞれの教員に委ねられている。この点は、高校までの教育と大きく異なる。授業では、知やその体系、学びの方法の伝授に留まらず教員の研究体験、研究生活など、学生が自分自身の将来像を膨らませていく上で参考となる刺激的な内容も含まれよう。授業形式は、従来からの講義を中心としたものや語学科目に見られる実践的なもの、さらには学生が中心に授業を進めていくゼミ形式など多様である。学生が、第一線で活躍している教員に直に接することができる点は、教科書やインターネットによる学びでは得難い大学授業の醍醐味でもある。

 教養教育を通して獲得した知と好奇心は、その後においてアンテナとも言える役割を果し、さらなる知を蓄積していく基(芽)となろう。アンテナが立っていなければ、有益な知も素通りしていくだけである。学生の間には、文系、理系の枠にとらわれ過ぎるケースが時に見られるが、すぐにも改めるべきである。自らの器を自分で小さくしていることに他ならない。

 

 全学教育時代に、留学、海外視察、社会(ボランティア)活動、労働(アルバイト)、部・サークル活動、ゼミへの参加等の「新しい体験」を主体的に積むことも、教室での授業に等しく重要である。これらの体験を通して、人間性や社会性が磨かれよう。いわゆるリーダーシップ能力、コミュニケーション能力、考え方の違いや異文化を理解し協働し得る能力等は、体験を通して初めて確かなものとして身に付くからである。

 なかでも、世界と繋がりがこれまで以上に緊密・複雑な現代社会においては、留学を含む海外での生活体験が、とても大きな意味を持つ。多様な歴史、異なる考え方や文化を有する人たちと直に接し、直接自分の眼で他国を見ることは、どんな書籍や映像よりもインパクトがある。自分を、あるいは日本社会を客観視して見る機会を与えてくれる。学生諸君は、積極的に機会を見つけ、なるべく早い時期に海外での生活を経験すべきである。少しでも多くの学生が海外生活を経験できるよう最大限のサポートをしていくことが大学側に強く求められる。

 学生にとって、学期末休業日は年間をあわせると4ヶ月ほどもある。学期中の土、日曜日、祭日の合計は2ヶ月を越える。合わせて半年以上が休みの日である。このように長く多い休暇は学生に与えられた特権であり、休暇の過ごしかたは極めて重要である。早い時点で、有益な休暇の過ごし方を上記の点を踏まえて考えて欲しいと思う。

 大学時代に獲得した「知の基盤」と「新しい体験」は、その後の人生のなかで様々な経験を加えて成長していき、やがては大きな「知と体験のネットワーク」を形成して「高いレベルの総合力」となろう。そして様々な局面において、的確な情報・状勢分析力、判断力、行動力、創造力が発揮されると期待される。「知の基盤」と「新しい体験」は、高い総合力を身につけるための両輪と言えよう。

 

 

 現在の日本は、グローバル化による世界競争の激化、情報化社会の急激な進展、少子高齢化、環境問題の深刻化、政治の低迷、産業収益力の低下、そして東日本大震災等により、将来が不透明な多くの難しい局面に立たされている

 こんな時代であるからこそ、高い専門性と幅広い視野を合わせ持つ「高い総合力」を有した人材の育成・輩出がとくに必要であり、教養教育のさらなる充実が強く望まれる。